最悪だ。
俺としたことが、風邪をひいた。
明日はお前の、誕生日なのに。
「熱、下がんねえな」
「……」
盛大に祝ってやる筈だった。
普段病気なんかとは無縁の俺が、なんでこんなタイミングで。
だけどそんな不甲斐ない俺に、お前はやさしい。
何も言えることなんかなくて、ただ謝罪の言葉を口にする。
「…ぁあ?」
実はこうなる前から思ってたことなんだけど、シカマル本人は自分の誕生日が明日に迫ることに気付いていない節がある。
それとも、元々誕生日になんて大して興味はないのだろうか。高校の頃を思い出す。
らしいと言えばらしいけれど。
「買いもんしてくっから。食いてえモンある?」
何も食いたくない。首を振った。
シカマルは困ったように怒ったように、一瞬眉間に皺を寄せた。
「適当に食いやすそうなん買ってくる。寝てろよな」
家を出る前に、俺の額に乗っているタオルを冷たい水で絞り直して行ってくれる辺りは流石だと思う。
携帯と財布だけを持ち、彼はドアを閉めた。
かと思うともう一度顔を出して、携帯は持って出るから何かあれば連絡をよこせ、と一言。
俺が片手を上げると、すぐにドアのしまる音が聞こえた。
-----------
バカのことだ。無理が祟ったに違いない。
ここのところ、誰が見てもあいつは働き過ぎだった。
短期のバイトを追加で掛け持ちし始めたり、深夜にそっと帰ってきたり。
メシも食わねえで寝ちまったり。
俺でも判る。俺の為だろ。
高校の時に見せられた間抜けな顔と、聞かされた素っ頓狂な声の所為で、今年は誕生日をちゃんと意識していた。
更には地味なカレンダー、今月の22日には、あいつが幼稚な花丸を付けている。
俺がよせと言った時の楽しそうな顔を覚えていて。今年はじめの話だ。
何に使う為の金なのかは知らない。そんな気の遣い方しなくていいのに。
身体壊してまで、喜ぶ訳ねーじゃん。だからバカ。
そうこうしている内に着いた最寄りのスーパーで、病人の食えそうなものを探して歩いた。
ヨーグルトとかポカリ。食いやすくて栄養価の高いものって何があるんだ。アイスとか食う?
ゆっくりもしていられないので、気になった物は取り敢えずカゴに入れた。
あいつ死んでねえかな。
-----------
うとうととしていると、シカマルが階段を上る音が聞こえた。
病人は一人しかいないのにどれだけ買ったんだろう。スーパーの袋が立てる音で、大体の量は察しがつく。
「かえりー…」
「おー。…熱上がったか?食ったら薬な」
冷蔵庫に買ってきた物をしまう前に俺のそばへ来て、熱を確かめる。熱が上がったかどうかは俺にはよく判らない。
シカマルが買ってきてくれたヨーグルトを食って、ポカリを大量に飲まされて、寝かされる。
「食後」って、メシの直後のことじゃないらしい。知らなかった。
本当はもっと食って欲しそうにシカマルは俺を見てたけど、炭水化物を見るだけで胸がむかむかする。ごめん。
薬を飲むまでの30分の間に、彼は俺の身体を拭き、着替えを手伝ってくれた。額の汗を拭って、買ってきた冷却シートを貼る。
ひとりっ子なのに世話焼くのが上手いのは、何でだろう。そういうとこも大好きだ。
薬を飲んでもう一度熱を計ると、さっきとまったく変らない。最初から、俺は元々平熱が高めだから平気だと言っているのに、またシカマルが不満そうな顔をした。心配しているのだ。
「…今でこれじゃ夜になったらもっと出る。明日になっても駄目なら病院行くからな」
わかりました。俺が素直に頷くと、髪にそっと触れてくれながら少しやさしい声でシカマルが言った。
「もう寝ろ。それが一番だってのは、本当なんだぜ。薬が助けてくれるから、きっと眠れる」
「俺も今日はずっといるから」
その声がひどく俺を穏やかな気持ちにさせて、シカマルの言葉通り薬の副作用も手伝って、俺はすぐに眠りに落ちた。
途中何度か意識が浮上する瞬間があって、シカマルが本のページをめくったり、俺の額に手を当てたりするのを感じた。
時間の感覚なんてとっくに失っていた。
だけど、一度寝返りをしようとして、一気に意識が覚醒した。
窓の外は明らかに夜中のそれで、頭の中が真っ白になりかける。
「……何時…ッ!!」
「え、ああ!?にじゅうさん時!半!!」
「おし!危ねえ!!」
ビクッとして固まったシカマルは、その姿勢のままでぽかんと俺を見ていた。
俺はベッドから下りて、引き出しからそれを取り出した。
「はい!」
「はい?」
「おめでと!!あー、間に合ったよかった!」
「……」
シカマルは出した手をそのままに俺の顔を見ている。
焦れた俺は、まるでそれが自分が受け取ったもののように催促する。
「開けねえの?開けて!」
シカマルはやはり黙ったまま、包みを広げた。
そしてやはり黙ったままそれを見て、俺を見、もう一度手元に視線を戻す。
「これっ…て……」
「びっくりした!?」
「………」
-----------
想像通りだったから、呆れた。
身体を壊して、目の前のバカは俺にこんなものを平然と突き出してきた。
言葉が見つからない俺の右手をそのバカは取って、俺の手の上から、小さなそれも取り上げた。
「右手でいいよ」
言いながら指輪を、するすると薬指の根元へ。
ちくしょう。何でぴったしなんだよ。
「……ずっとしてんの、これ」
「出来たらな!でもトーゼン付け外し自由だから。……で、実はさー、俺のもあんの」
ジャーンじゃねえ。
俺のもキバのもどう見ても男物という感じのもので、更には一見普段使いの、ただのファッションリングのような姿をしている。
そして二つの指輪は同じモチーフを用いているようでありながら、かなり違った印象に仕上がっていた。
――バカなのにどうしてこういうことをするんだろう。
俺には全部読めた。
右手でいいと言うのも、敢えて揃いのものを用意しなかったのも。
つまらない体面というのを気にしがちな、俺を気遣っている。
堪らなくなった。
「それよこせよ」
キバが何か言う前にひったくって、こいつが俺にしたように右手を取る。
瞬間驚いたような顔をしていたキバが、幸せそうに笑んだのは見なくても判った。
風邪が感染ったんだと思う。いつかのリストバンドを思い出しつつ指輪を滑らせながら、そんな戯言を口にしたのは。
「…別に右手じゃなくても俺は」
「え!?」
「……偶になら」
「…うん」
夜になって俺の予告通り高い熱を出しながら、昼間よりかえってまともに見えるキバは相変わらず 意味不明。
多分明日にはこいつも風邪を治すだろう。
俺の誕生日も残すところあと15分。その間はベッドから出ていることを許可した。
それにしても、どう考えたってありがとうは俺が言うことなのに、先に言われてしまった。
日付が変わるまでに、どうやって俺もその言葉を伝えればいいだろう。
依然熱い病人の身体にすり寄られながら、既に頭の中はそれで一杯だった。
カラオケ入済みと入予定曲 全部じゃないよ
カラオケ入済みと入予定曲 全部じゃないよ